やまねこ登山録~人生詰んでる人が富士山頂上を目指すだけの話のその後~

仕事(ブラック)にもプライベート(独身ボッチ)にも負けず…登山素人ながら富士山に登り終え、その後の登山日記。まだ見ぬ絶景とネコを求めて、関西を中心にふらふらといろんな所へ行っています

六甲全山縦走の夜12

第十一章 吟遊詩人はもういない

 

K・全山縦走当日 六甲ガーデンテラス  

 

f:id:adera:20210801075246j:plain

 ガーデンテラスへの道…。高松はずっと黙っていた。そういえば、彼が登山を好きな理由は聞いてなかったな。なぜ、今回の縦走大会に挑んでいるのかも…。そうだ、楓の事はどうするつもりなんだろう?聞きたかったが、彼の想像以上の落ち込みにとても聞く気が起きなかった。

 そして、われわれはたどり着く…。

 今日は晴天。展望台に出ると少し日が傾いてきたが、皮肉なほど良い景色が広がっている。

「いい景色だな。」

 高松は黙っている。そこに山路さんがやって来る。

「バスの時刻は30分後だな。それで、ケーブル駅まで行くといい。」

「もう少し…歩きたいです。」

「気持ちは解る。でもその靴じゃ、周りに迷惑をかけるうえ、自分の足も壊しかねない。」

「でも!!」

 俺と山路さんは目を合わせる。

 人は様々な理由でこの大会に参加する。こんな大会リタイアしてもさして大したことないと思う人もいれば、昔の俺みたいに泣くほど悔しい人間もいる。

「彼女…もうすぐここへやってくるよ。どうだろう。登山に慣れない彼女を一緒に山から下ろす為に一緒にリタイアって事にすれば…」

 高松は俯いている…。ダメか。そりゃ、悔しいだろうな。中学の時の俺と違って彼は未だ歩けるんだ。

「最高峰まで歩きたいです。そこでリタイアします…。」

 例の親父さんと見た景色、うんぬんのアレか。

 ただ、たとえあそこまででも、危ないんだよ。その靴で歩くのは…。山路さんは黙っている。

「気持ちはわかるけどな…大会に参加している以上、君一人の問題じゃないんだ。」

「解ってます。ここでリタイアしないと、自分の足で下山しないといけなくなるんですよね?でも、最高峰からなら、有馬温泉方面に行けば比較的安定した山道を一時間くらい下れば下山できます。最悪、ここまで戻ってきても…」

 よく調べている。俺は目線で山路さんに助けを求めた。

「私達は君に何を強制する権利も持っていない。君自身が決めれば良い事だ。だが、君がここから未だ歩くことで足を怪我したりしたら、今よりもっと多くの人に迷惑が掛かることになる。それがどれだけのものか君は分かっていない。少なくとも、私もシンジ君の力も宛にせずに、今言った道を歩けるかい?今言った道を歩いた事があるのかい?」

 高松は俯く。参ったな…。これじゃ、ここから動けない…。

「でも…、俺、ここでリタイアしたら、この先ずっと逃げちゃいます。きっと」

 俺は、このセリフにはっとした。このセリフ…俺は、昔言った事がある。そう、あの中学生の時の縦走大会だ。俺は確かにそう言った。そして、あの時の記憶が蘇ってきた。俺はしんどさから一人ギブアップして祖父母に我儘言ってリタイアしたと思い込んでいた。しかし、あの時は…。そうだ、ヘロヘロになっても無理して歩こうとしている俺に呆れて、ジジイがもうここで降りようって言ったんだ。どうしても聞かない俺にジジイが怒鳴って…。だから2人とも一緒に降りてくれたんだ。

 だから、何だって話なんだけどさ…。本当に今更思い出してどうなる?

「しゃーない…。俺が彼についていきますよ。」

 気が付いたらそう言っていた。高松は驚いて俺を見た。

「気持ちは解るが、シンジ君。我々も色々あったし、今決して良いペースで歩いているとはいい難い。完走するなら…」

「あ、俺、完走が目的じゃないですから」

 完走よりも大変なんだよなあ。

 山路さんは、少し笑って、わかった。と一言言った。最高峰までは一緒に行くよと言った。この人、本当に良い人だ。

「いいんですか?」

「あまりよくは無いかな。でも行くなら早くしよう。俺もジジイにあと一回は会わないと。」

 俺達は、歩き出した。

11・木下家  10月

 ある日、仕事から帰ると、大きな封筒が届いていた。全山縦走参加確定のメールは既に届いている。運営から送られてきたこの封筒には、参加札と言われる黄色いリボンやら、当日、チェックポイントでスタンプを押してもらうカードなどが入っている。その他、参加のしおり的な全山縦走の歴史やら当日の荷物やトレーニングの仕方など、詳しく書かれた本が入っている。リビングに座って読んでいると、ドアが開く…。

 ジジイが立っていた。ジジイは黙って、俺の横に大きな紙袋を置いた。

「何?これ」

 ジジイは台所でコップに茶を注いで飲んでいる。

 紙袋の中には登山用のザックが入っている。日帰り用…結構いいメーカーのやつだ。

「縦走用に買ったのだが、やっぱり使い慣れた奴で行くことにした。これが終わったら、当分使わんだろうし…、やるよ」

 それだけ言うと、ジジイは自分の部屋へと帰っていった。

 あの後も、一人何度か六甲山に登って縦走路を歩いている。久々に登山をして正直楽しかった。

 自然の中を歩くのは気持ちいいし、山頂に登った時に心地よい達成感に包まれながら見る景色…。山で食べる飯はは、カップめんでも旨い。

 でも、そんな俺の登山も終わりの時が近づいている。決着をつけて、また別の山へ…そう、この場合、山は人生の別の関門って事だが…。進まなくてはいけない。そんな時期が迫ってきているのだと、俺はこのザックを見ながら思った。

六甲全山縦走の夜11

[https://twitter.com/koof1111/status/1396235960279453697:embed#六甲全山縦走の夜 https://t.co/AxMqao3r8H

f:id:adera:20190707203714j:plain

 

第十・五章 彼女と彼女のモノローグ

○六甲全山縦走当日 午前7時30分頃  

 

「六甲山で転んで怪我するレベルでよく、アルプスとかさっき言ってましたね。俺なら恥ずかしくて二度と登山しないレベルですよ」

 

 彼は確かにそう言った。ケガをして動けない中年女性に向かって!

 いや、よう言うたわ…。彼は言うと、もくもくと歩いて行ってしまった…。明かに「やってしまった」オーラが去ってい行く背中からにじみ出ている。その反応するなら、なぜわざわざ、いらんこと言うかな…。って言ったら、お前に言われたくないって彼には言われそうだ。本当に不器用この上ないな。あの人。

 

続きを読む

六甲全山縦走の夜10

第十章 恐怖と誘惑の狭間

J・全山縦走当日 14時過ぎ… 六甲山縦走中 人が増えすぎるとなんとも…。

 

 ああ…美味い…。

 郵便局の脇で甘酒を飲んで、俺は一息つく。さすがは、天下の酒処…神戸の甘酒だ。(もしかしたら、神戸の酒と関係無いかもしれないが…。)摩耶山を越えてしばらくいくと、縦走路の起伏は一旦落ち着く、山道と車道を交互に入り組みながら、全山縦走は続く。(ややさびれているが)車道にはホテルや企業の保養所、商店などが並び、それなりの町を形成している。この甘酒はここ郵便局が毎年縦走大会の時に炊き出しでふるまってくれているらしい。トイレも貸して貰えて本当に感謝しか感じ得ない。少し冷えてきた気候のなか、疲れた体に甘酒が染みる。

続きを読む

六甲全山縦走の夜9

 

第九章 再出発

G・摩耶山山頂 つかの間の休息  全山縦走当日…午後1時

 

 摩耶山…山頂付近には掬星台という展望台がある。京阪地区…大阪湾をぐるっと取り囲む都会そして、向かい側の和歌山方面まで、素晴らしい眺めを一望できる。はっきり言おう。六甲山…というか、京阪神地区の夜景を眺めるのは、ここがベストポジションである。ロープウェイとケーブルカーで来られるアクセスの良さも相まって冬の夜はカップルでにぎわう。多分初日の出の時とかも凄い人でだろう。

 

f:id:adera:20210724131115j:plain

 

 今日は快晴だ。現在展望台から素晴らしい景色が広がっている。しかし…

 掬星台についた。俺はまず、座れる椅子を探しヘナヘナと座り込んだ…。景色など見てる余裕もない。すでに朝から8時間くらい歩いている。一般の登山なら、一日の行動時間の限界って所か…。はたして宝塚までどのくらいの時間が必要なのか?

 

 めっちゃ、シンドカッタ。めっちゃしんどかった!

 大事なことなのでry

 

 なんなんだ、あの菊水山の後のアップダウン…。いや、別に初めてじゃないんだけどさ。マジで死にかけた。ぜえぜえはあはあ息をつきながら俺はここで昼食をとっておこうと、カバンをあさった。

 

「情けないなあ…。このくらいの上り坂で」

 

 遅れてきた裕美が言う。

 

「そっちだって、途中でついてこられなくなって休んでたじゃねーか。」

「ははは。いや、本当しんどかったですね。でも、これで急こう配は終わりですから…あとは、宝塚まで六甲山を文字通り縦走ですよ。」

 

 知ってるか?まだ宝塚まで25キロくらいあるんだぜ?

 

「どういう事ですか?慎吾君、どこまでたってもいないじゃないですか?」

 

 こちらもしんどそうだが、愛の力が肉体を凌駕している楓さんもやってきた。

 

「いや、だから待ってるとは言ってない…。君と話せるかは彼の決心し…」

「なんで、引き留めとかなかったんですか!」

 

 それもずっと言っただろうが…。めんどくさい奴しかいないのか…ここは。

 昼飯を食べていると、自然と裕美と楓も荷物からそれぞれ持ってきた弁当を取り出している。

 

「すごいですねえ…。自分で作ったんですか?その弁当…あ、ごめんなさい…」

 

 俺は無視する。母ちゃんが作ってくれたって言ったろうが。察しろよ…。あ、いや、言ってなかったな。楓は楓でえらい量の多い弁当を作ってきている。それ持ってここまで歩くの、えらいしんどかっただろう?

 

「い…いや…慎吾君に食べて貰えたら…って」

 

 ああ、なるほど…。しかし…凄い量だ。

 

「良かったら、食べて下さい。お昼には間に合わなかあったみたいだし」

 

 では、遠慮なく…。楓は遠慮なく手を出す俺に少し驚いたが、すぐに笑顔になり自分も食べ始めた。山で食べ物のシェアは遠慮した者負け。食べなければ命に係わるのが山…。って、まあそんなにおおげさな事でもなく単純に腹が減っていた。ありがてえ…。俺は代わりに母ちゃんの卵焼きなんかを楓に勧める。裕美は自分が持ってきたコンビニのサンドイッチを肩身が狭そうに食べながら、楓の弁当をつまんでいた。彼女は泊まりで来てるから、流石に自炊は無理だろう。若干女子力で負けた感じが否めないのか?まあ、アピールできる相手俺だけだし、気にするな。

 

 菊水山を過ぎてから、しばらくこの3人?あれ?もう一人いたっけ?まあいいや。歩いてきた。

 

 話はまず、マムート達との一件から…。俺、あれ、あんまり思い出したくないかったのだけど…。

 

「まあ、思う所はありましたよ?空気読めよって…」

 

 いや、マジでお前がそれ言うの?菊水山を下っている途中、裕美が俺に言った。

 

「でも…。一つ気付いた事があります。それに気付いたら、少し怒りが収まりました」

 

 気付いた事って何?と、おそるおそる聞いてみると…。

 

「田口さんがバカにされた事、怒ってたんですよね…」

 

 田口って誰?はもういいか…。そんな高尚な考えは持ってなかったけどね。

 

「ちょっとはいい所あるのかな?って」

 

 誰に言ってる?あと、ちょっとは、とはどういう事だ?

 

「あと、私も少しだけスッとしました!」

 

 ああ、そう…。俺は少し笑っていたかもしれない。で、次は高松慎吾に出会ったと話た楓の反応…。

 

「何で、引き留めておいてくれなかったんですか?!」

 

 うん。まあ、そうなんだけどさ…。彼も彼で色々考えてたみたいだし。鍋蓋山登ってる最中、散々文句を言われた。

 

「ほんとうですね?絶対どこかで待っててくれますね?」

 

 た、多分…大丈夫かな?これ、彼に会えなかったら、俺殺されるパターンじゃねーの?でも、彼も悪い奴じゃなかった。きっとどっかで話してくれるだろう。

 この後、道が摩耶山の上り坂に差し掛かり、渋滞もなくなった上り坂をひたすら登り続け、疲れから会話が途切れなかったら、もっとつらい責め苦を味わっていただろう。…っていうか、彼女、料理上手いな。弁当のおかず凝っててめっさ旨い。これ、彼結婚する方が絶対いいぞ。

 

 とにかく、先に行った2人を追いかけないと…。もう少し休憩したい所だが、ここまでかな…。とりあえず、出発の用意を始める俺達。

 

「あー。皆で昼食をー!!」

 

 ああ、田口が追い付いたか…。やはり、こいつにはこのアップダウンはしんどかったようで、この寒い中汗だくである。随分遅れてきたようだ。

 

 「あ、残り良かったらどうぞ。箱、捨てられるんですみませんけど、処分しておいてください。」

 

楓があわれそうに言った。

 

「待って下され!拙者まだ着いたばかり…。ようやくペットボトルの水をここで買っただけで…」

「時間が無いんだ。先に行く。」

 

 裕美が笑っている。

 

「ちなみに、ペットボトルなあ…。そこで炊き出しでホットレモンくれるだろ?あれ…、頼めば空のペットボトル一杯入れてくれるぞ?ここで金払って給水する人はあまりいない」

 

 炊き出しのテントを見て、田口がナヌー!と声を上げた。

 そんなこんなで、つかの間の休息を終え、俺達は、全山縦走後半戦へと突入した。

 

f:id:adera:20210724131059j:plain

9・三宮と三ノ宮ではないどこか。

 

 

 いつものネットカフェ、ブンタロー…の入り口前であるが今日は夜ではない。朝だ。

 昨日、俺は最近の金曜日には珍しく家に帰ったので、土曜の朝、ここに来ている。服装は以前来ていた登山セットで全身を固めている。靴だけは流石に何年も使ってなかったので、普通の運動用の靴を購入した。なぜ、こんなことになってるかと…

 

 「あ、もう来てる。お待たせしましたかー?」

 

 裕美が嬉しそうにネットカフェから出てくる。彼女もすっかり登山ファッションだ。

 はからずとも、2人で登山デート…というのは、流石に盛った表現か。俺も全山縦走に登る事になったので、一回2人で六甲山を歩こうと言う事になった…。そう、なった。

 いや、当然、嫌がったが彼女に押し切られただけだからね!ってまた、誰に言い訳してるんだ。俺。

 

「そんな本格的な服持ってたのか。私服は?」

「あ、ザックに入れてます。少し重いです。朝ごはん、終わってます?そこの角のパン屋さん。もうやってますよ。私お昼も持ってないですから、そこのイートインで食べて、ついでに昼ごはん買って行きたいんですけど、いいですか」

 

朝、食ったんだが、別に構わないと答える。どうでもいいけど、いいのか?こいつ。側から見たら付き合ってる登山カップルなんだが。

 

「ちゃんと、登録できましたか?」

「ああ…」

 

 昨日の夜。俺は全山縦走にエントリーした。とうとう申し込んでしまった。今年の全山縦走大会。相当迷って、メール送信のボタンを押したが、こうして準備をひとつずつ進めていくと後悔の念がふつふつと湧いてくる。

 解説しておこう。六甲全山縦走大会は普通…新型ウイルスの流行でもない限り、毎年11月に2回行われる。前半の10日前後の日曜日に一回そして、勤労感謝の日(あるいは、その前後の日曜に)に1回…。少々天気が悪くても強行されるみたい。人が多くなり過ぎないように2回に分けるようだ。ちくしょう、どっちも翌日平日になるようにしてやがる。次の日仕事できるかなあ?

 当然、中学に参加した時は祖父母に任せていたので、今回参加するにあたり、1から調べなければいけなかった。参加するには、まず様々なマラソンロングトレイルの大会の参加者を募って管理する民間運営するサイトにユーザー登録しなくてはいけない。そんなものあるんだなと思った。そして…。そのサイトに神戸市が依頼して作られた参加フォーマットがあるのでそれに必要事項を記入して、送信する。

 

「これで参加ですね。」

「まだ、当選してない。」

 

そう。これで終了ではない。 実は、参加は抽選だったりする。いっそ、外れてくれたらいいんだけど。

 

「ああ、大丈夫みたいですよ。あれ、形だけで、最近は100%当選するらしいです。」

 

抽選と言うと東京マラソン大阪マラソンみたいな狭き門をイメージしたが、各所で話を聞いていると、近年やはり参加者数は減少傾向にあり最近では形だけの抽選で応募すれば当選は間違いないらしい。

今回参加の手順は全部彼女に聞いた。

 

「さあ、今日から楽しい修行の始まりですね」

 

こっちはもう既にウンザリだけどな。

まあ、登山っていうのは本来孤独との闘いで、たまには誰かと登りたい…って思うようになる気持ちは解る。新神戸裏から摩耶山に登るコースは、全山縦走の途中に歩くと、足にかなりダメージが残るキツイ上り坂だが、そこだけ登れと考えれば、休日のハイキングにはちょうどいい、家族向けの登山道になっている。布引の滝も見れるし、掬星台からの眺めも素晴らしい。

 

 「良い天気で良かった…」

 

彼女がそう言ったーその時…

 

ネットカフェの扉が開いて奴が出てきた。ジジイだ。

先のこともあってか、すっげえ気まずい。今から家に帰る所だろうか。荷物は一式持っているようだ。ジジイは登山ルックの俺達をひとしきり眺めてそのまま行こうとした。

 

「おはようございます。今から一緒に六甲山登ってみようって思って」

「そうか」

「良かったら来ますか?」

「やめとく。週末は人が多いからな。気をつけていくといい」

「はーい」

 

そんな会話をジジイと裕美はしている。ジジイは俺の方は見もせずに去っていく。

 

「やっぱり、来てくれませんでしたね。いつ誘っても本番で会おうって言われます。」

「一緒に登ったりしてないのか?」

「山だけは…靴とかの買い物は付き合って貰ったりしました」

 

おう…のろけ?を聞く事になるとは。一緒に山に行かないのは祖母ちゃんの事考えてか?まあ、いいや。

どっちにしろ、俺達2人を見た時のあの祖父の目…。形容しがたい特に何の感想もうかがえないあの目…。なんか、えらい怖く感じた。2人で山に行くことをジジイがどう思ったのかさっぱり分からない。あの年で嫉妬ってのも恥ずかしい…いや、あるかもしれんなあ。

 

ただ、彼女と山に行く…ていうか、2人で何かするのはこれで最後にしよう…と、俺は思った。

 

六甲全山縦走の夜8

 

第八章 人生最大の難関

H・全山縦走当日10時くらい 菊水山の記憶 

 

 鵯越の駅を過ぎ川沿いの道をしばらく進むと遠くに鉄塔を頂く山が見えてくる。本当に遠く小さく見える鉄塔。それが菊水山の頂上だ。多分、縦走に慣れない者なら信じられないだろう。今からあの鉄塔の場所まで歩かなくてはいけないって事が!ついで言うと、そこまで行って縦走はまだ三分の一って所だ。

f:id:adera:20210718085341j:plain

「あの鉄塔が菊水山の頂上だよ。」

「うそでしょ!もう、4時間歩いてますよ!俺、今の時点で足が…!」

 

 高松ははるか遠くにある鉄塔を絶望的に見ながら、不安そうに足をさすっている。だから言ったんだ。ジジイは黙々と歩いている。

 

 ああ…中学の時の俺と同じ反応してる。

 

「今からなら鵯越ひよどりごえに引き返せば電車で帰れる」

「う…」

 

 俺は続けた。うん。確かにその通りなんだけど、すでに駅を通過してかなり歩いている。そこまで引き返すには後続の大会参加者に顔を合わす事になる。楓と会う事も辛いだろうし、何よりどう考えてもギブアップして引き返してるのが見られた全員にモロばれ…。さすがに恥ずかしいだろうな。彼には。

 

「行きます…行きますよ。俺。」

 

 半ばヤケクソ感は否めないが、高松はそう叫ぶと、俺達の前を歩く。

続きを読む

六甲全山縦走の夜7

第七章 終わらない坂道

G・菊水山へと続く坂道 全山縦走当日 午前10時15分

 

 ようやっとのジジイとの出会い…。

 

「裕美ちゃんは?」

「来てたよ。むしろアンタ一緒に来なかったのかよ」

「そうか…」

 

どうも、気まずい。っていうか、見つけてから俺は何をするつもりだったのか。何を聞く気だったのか?一気に吹っ飛んでる。

 

「あ、あの…僕…もう、行きますね。ありがとうございました。」

 

2人のタダならぬ雰囲気を察してか、青年…楓の彼氏はいそいそと先に行こうとする。

「ああ、待った…俺は君にも用があるんだ。君、高松慎吾君だろ?」

青年が驚く。

「良かったら、少し歩こう。後続に追い付かれたくないのはお互い一緒だし…。完走が目的ならあまり止まっているのは良くない。」

 

ま、俺は完走は目的ではないんだけど。

 

ーーーーー

 

「そうですか…。楓…、この大会参加してるんだ。俺が参加する事、よくわかったな」

「成り行き上、協力することにしたんだけど、別に君達の事はどうでもいい。君を見なかった事にしてもいいんだが…まあ、でも彼女は悪い子じゃないと思う。話くらいはしてもいいんじゃないか?」

 

一応、楓女史に最低限の義理は果てしておこう。

 

「ええ…でも…」

 

3人の間に沈黙が流れる。

 

「なぜ黙る!面白そうな話じゃないか。こういう所で一歩踏み込まないからお前はいつもでも独身なんだよお」

 

ジジイがはやし立てる。

 

「男相手の会話で言うなよ。それに、こういう話は男は聞いて欲しくない時もあるもんだ」

「こういう人間関係を放置してると、最終的にお前みたいな人間になっちまうぞ?彼」

「うるせえよ!」

「仲がいいんですね。俺、お祖父ちゃんとそんなに話した事ないです」

「それは無い。」

 

と、2人は口をそろえて言った。気持ち悪!

だが、正直、この青年の存在は助かっている。実の所、この2,3か月「諸事情」によりあんまりジジイと話していない。二人だけで会ったらロクな会話はできなかったろう。

 

そういや、こいつとジジイは何で一緒に歩いてるんだ?と口に出そうとしたとき…

 

「僕、やっぱり先に行きます。話が本当なら楓、すぐ後ろにいるかもしれないですよね。」

 

高松慎吾はスタスタ歩いて、住宅地の坂を走るように登る。

 

「あ、ちょっと待って…」

「大丈夫、すぐ追い付く」

 

ジジイが俺を止める。

そんな訳で、2人で歩いていると、少し坂の上で高松はぜえぜえと息を切らして止まっていた。

バツの悪そうな高松…。

 

「ここから鵯越駅までの道、住宅地で歩きやすいって油断してると、物凄い上り坂だから一気に潰れるよ」

 

「さっきの高取山で出会った時もそうだったんだよ…」

 

ジジイ曰く、高取山で彼を追い越したが、対抗してすぐに追い抜き返され、少し上に行くと疲れて止まってて…。を繰り返し山の上でばててたから、介抱してあげてたらしい。登山初心者によくあるやつ。

他の人に合わせてペースを崩すのは本当に良くない。

 

「ついでに言うと、この後ある菊水山は縦走最大の難関だ。もう少し体力を温存した方がいいよ」

 

なんせ、未だ縦走は三分の一も終わってない。

まあ、人にアドバイスできる程、登山家じゃないんだけど。

高松は呼吸を整えて、観念したように後ろをついてくる。

負けず嫌いなんだろう。どこまで合ってるかは、わからないが、楓の言ったセリフにプライドを傷つけられたのは正解っぽい。

 

さて、こっからどうするか…

っていうか、ジジイともそろそろ話をしないと…。まともな会話なんて…あの時以来か…はあ…。

まだまだやる事は多い…。そういや、後続組はどうしたんだ?さすがにペース的にもう、追い付けないのかな?いざ、じじいと2人になってみると、あいつらが居てくれた方がよかったな…と後悔した。

 

 

 

 

7.三ノ宮 ネットカフェ、ブンタロー   特に何もなかった日の話

 

 

 

菊水山の登りは特にキツイ。」

「ああ、そうですよねー。あそこの上り坂、最初に登った時、ビックリしましたよ」

そんな会話を俺は裕美としていた。いつものネットカフェ談話可能スペース。

ジジイが通りかかる。

「縦走の打ち合わせか?」

「はい。細切れでしか歩いてないですから、経験者から話を聞こうと」

「そいつ、完走したことないぞ?」

「え?」

 

彼女が明らかに残念そうな顔をする。

ちょっと待て、知らずに話してたのかよ…。

コースの事を聞きたいって言うから、話てただけなんだけどな。

 

「ああ、中1の時だな、じいちゃんと…ばあちゃんと3人で歩いて…。」

 

ばあちゃんにとっては…いや、後になって思えばジジイにもか…最後の挑戦だったな。悪い事をしたとは思ってる。

 

「俺は3回完走しとるぞ」

 

はいはい。すごいすごい。

 

「じゃあ、次で4回目ですね。」

 

ん?次…?

 

「まあなあ。明日からまた山道を歩くつもりだ」

「ちょっと待て!次ってなんだ?」

「あれ?言ってませんでした?お祖父さんも次、大会に出るって」

「いやいやいや。無理に決まってるだろ?何歳だと思ってるんだ?」

「お前には関係ない」

 

まあ、そうだけどよ…。

なんなんだ?この前地震の話を彼女にした後、決めたのか?

 

「関係は無いがさすがに止める。何かあったら主催者側にどれだけ迷惑がかかると思ってるんだ?」

「そうなら無いように、最大限努力をする。それに、他人に迷惑がかかるってのは、俺が諦める理由にはならない」

「いや、だめだろ!」

 

突然の大きな声でまたネットカフェの空気が止まる。その内、出入り禁止になるんじゃないか?俺達。珍しく彼女の方が周りの客に謝っている。

 

彼女に促され、俺達は店の外にでた。少し路地を入った所にある公園のようなスペースで俺とジジイは向かい合った。少し離れた所で彼女が立っている。

 

ネットカフェに泊まるのとはわけが違う。命に係わる。少しの間だが、俺も山が好きだったから、こんな事をさせたくない。いったい、全山縦走を歩いて、何の得があるのか?俺はそんな事をまくし立てた。

ジジイは黙っている。

 

ジジイは少し俺を見つめて徐に口をひらいた。

「お前…、最近金曜日じゃなくても、ここに来るよな…。」

「それが何だよ?俺はアンタの…」

「本当に、俺と話をする事が目的か?お前が、親に友達と飲んで帰るとか合コンとか言って帰らない日に本当は何をやってるのか、だいたい想像がつく」

 

俺はジジイを睨み返すしかできない。きっと、何の確証も無く話している。でも…。

 

「お前に甲斐性が無いのは見てれば分かる。お前も俺と一緒なんだろう。結構いるんだ。今くらいにこの店にやってきて終電で帰っていくリーマン。週末に女っ気も無にな。お前も同じ目をしてる。帰れなくてここに行き着いた。俺と一緒だろ?」

「それの何が悪い?仕事だけが精一杯で結婚はおろか一人暮らしするだけの収入も無いんだ。仕方ないだろ?」

 

ジジイは静かに俺を見ながら答えた。

 

「もうこの店に来るな。俺はいい。どうせ残りの人生は死ぬまでの時間潰しだ。でもお前にはもっとやるべき事があるはずだ」

「意味が解らねえ。」

「いいや。お前には分かってる。このままじゃいけないってな」

「どうしろってんだ?!今更何やれっての?俺、もう言ってる間にアラフォーだぜ。特にやりたい事も無い。今更失敗なんて出来ないんだ」

 

俺が何かを続けようとしたら、ジジイは俺の襟元を掴んで近くの壁に俺を押し付けた。老人とは思えない信じられない力に俺はしたたかに背中を打った

 

「辰さん!!」

 

彼女の声が響いた。

 

「俺はもう80だ。凄いだろ?必死に戦後の日本を支えて来たのに老後に待ってたのは娘の旦那の家で居候生活だ。そこも居辛くて、今じゃネットカフェ難民をやってるんだ。なあ、家に帰れ。彼女を作れ。仲間と供に色々頑張れ。40なんて未だ4回裏だ。生きる事からも死ぬ事からも逃げたらあかん!」

 

俺は叫びたくなる思いを必死に抑えた。

 

「なんだよ…なんなんだよ。突然…。それが、その年になって全山縦走する事と何か関係あるんか?なんで、俺がこんな思いを…」

 

俺達3人、それぞれに沈黙が流れる。

 

「どうだい、坊主…。俺が、この年で全山縦走完走できるなら…、お前の残りの人生も、ちょっと頑張ってみれば何かが成し遂げられるって証明にならねえか?そのための挑戦だってっ事にしといてくれよ」

 

少し激しく動いたからか息をつきながら、ジジイはそういった。

ちくしょう…意味が解らねえ、クソダサい言い方でかっこつけやがって中二病かよ。

 

 

その日、俺は2人が立ち去り、一人になるまでそこに佇んでいるしかできなかった。

六甲全山縦走の夜6

第六章 神戸で二十余年 

 

 

F・高取山越え  全山縦走当日 08時07分頃

 

須磨アルプスを越え、道はまた住宅地にはいる。渋滞は完全にほどけて、すいすい歩ける。

f:id:adera:20181104124746j:plain

裕美も楓も…あともう一人名前忘れたあのオタクも…。まだ俺には追い付いて来ていない。

 

住宅地を歩きながら、俺はこの先の行程を考える。

妙法寺付近通過が2時間30分弱…って所。渋滞で止まってた時間を考えれば、いつもより少し遅いくらいのペースで歩けてる。まあ、良い感じだろう。

そこからさらに少し歩くと道は高取山の山道へと入る。

まず、この高取山の登りがめちゃくちゃキツイ。さらに、そこから容赦なく道を下り、その後に縦走最大の難関、菊水山、鍋蓋山、そして摩耶山への登り…。容赦なく急な高低差が続く。ついでに言っておくと、摩耶山を登り切ってようやく全山縦走はようやく半分ちょいってところ。ぶっつけ本番で歩き出したような人間は容赦なくこの辺りで心を折られる。

これでも、今回の縦走は結構練習を重ねて、全パート一通り歩いている。ある程度しんどいのが解ってるからそう簡単に心は折れないが、やっぱり憂鬱である。

そんな憂鬱な思いを胸に…俺は細い住宅地の路地のような場所を抜け、高取山の山道の入り口にさしかかる。

公園の隅にひっそりとある登山道入り口。

 

 

f:id:adera:20181104131323j:plain

イノシシに注意!餌を与えない。むやみに追い払おうとしない!!

 

 

続きを読む

六甲全山縦走の夜5

第五章 馬の背にて

f:id:adera:20181104123330j:plain

E・全山縦走当日 7時30分

馬の背を越えて

 

ハイキング用のコースにしてはいささか場違いな岩場。そしてその名のごとくナイフエッジ状に切れ落ちた細い道を進まなくてはいけない、その名の通り馬の背。小学校の遠足なんかでは、ここは避けて通るようだ。普段は写真を撮ったりするには良いポイントなのだが、今はこの人出。もくもくと通り過ぎるしかない。

 

一人ずつ通るので自然と人との間には結構の間隔が出来る。そんな道を通り過ぎると俺は後続の到着を待たずに歩き出した。

 

「やっぱり、先行こうとしてる」

 

振り向くと、裕美がいた。

続きを読む

六甲全山縦走の夜4

第四章 大階段ではお静かに

D・11月12日全山縦走当日

大階段を登る

 

鉢伏山を通過し、山道を少し歩いた後、住宅地へ。ここに来て、ようやく渋滞が緩和され、列が流れだした…と思った矢先、姿を現すのが、この縦走最初の難所と言える大階段が現れる。住宅地が途切れたと思ったら突然、山の隙間を縫ったコンクリート舗装の階段が延々と続く。…400段階段とか言われたりするのだけど…

f:id:adera:20191222223533j:plain

人の歩きがゆっくりになるため、また渋滞になる。

まあ、前半…多分、須磨アルプス馬の背を通過するくらいまでは、こんな感じで、歩いたり止まったりが続くのだろう。

「困りましたなあ。こんなスピードで歩いてて大丈夫なのでしょうか」

田口だ…。こいつ、まだ付いてきやがる。鉢伏が終わって、急な上り坂が無くなったせいで、結構体力が回復したようだ。実は、住宅地で渋滞が一瞬、渋滞が流れた隙に、置いて行ってやろうと結構なハイペースで歩いたのだが…。今の所、こうやって俺について来ている。俺が、あの女の彼女では無いと知った瞬間。相当、やる気が沸いたようだ。気持ちが体力を凌駕するってヤツだな。まあ、ある程度は若さがなせる業なのだろうけど。羨ましい。

彼女の姿は現在見えない。少し先に行っているようだ。

「本当でござるか、お姉様は、アニメヲタクだと…」

彼女と、ネットカフェでのいきさつを話すと田口は目を輝かせた。いや、知らんよ。そんなに話してたわけじゃないし。プライベートな事はね。でも、それだけの情報で自分にもまだ、彼女の恋人になれることに芽があると思い込めるのは少し羨ましいな。

「で、シンジ殿はヤマノススメでは誰が好お好きかな?」

聞き方が腹立つ。

あの後、結局、「自分と同じ匂いがする」(←どこの殺し屋だよ)って言う理由で田口はずっと、俺をアニヲタだと信じて疑っていない。まあ、実際そうなのだけど…。うん。こいつとこれ以上、仲良くなるのはゴメンな気がする。うん。きっと、こいつは渋滞が本格的に解消されたら、すぐにペースについて来れなくなるだろう。そこまで我慢だ。我慢。っていうか、渋滞が解消されたら、いよいよ本格的にジジイを追いかけないと、流石に、今日来た意味がなくなってしまうからな。

続きを読む

六甲全山縦走の夜3

第三章 走り出したら、走り出したで…

C・11月12日 全山縦走当日

 

人生という名の監獄

 

6:00 鉢伏山を登る

 

 

 

うーむ。やっぱりなかなか進まんなあ…。

 

受付を済ませて、ようやくコースを歩き出す…が、当然のごとくコースには多くの登山者がいて、普通に進めない。普段なら、ヘッドライトをつけないと暗くて歩けない道だが、多くの登山者がヘッドライトをつけてくれてるおかげで、道は充分明るい。ノロノロノロノロと列になって、最初に登る鉢伏山の山頂を目指す。人が二人並んで歩けるのがやっとの細い登山道。まだ、コンクリートで舗装されてる公園の階段なのだが……。

f:id:adera:20171113092849j:plain

しかし、一応制限時間的なものがあるんだよな。この大会。こんな調子で50キロ近く先の宝塚まで歩けるんだろうか。

 

「大丈夫ですって。毎年、須磨アルプスの馬の背くらいまで、こんな感じで渋滞が続くみたいですよ。それが終われば結構普通に歩けるみたいです。それに、渋滞って言っても、こうやってゆっくりでも進めてるわけだし…」

 

そう、彼女、今俺の横を歩いている。

 

例の迷惑参加者達は彼女に一括され、バツが悪そうにしていた。しかし、あそこから、最後尾まで戻ることも逆にできず、結局列に割り込む形で受付を済ませていた。なるべく目立たないように、顔を背けていたつもりだが、結局、受付が終わった直後に見つかって、こうして、2人で歩く事になった。

 

「辰さん。まだ見つからないですか?」

 

続きを読む